少子高齢化が深刻な日本社会。厚生労働省の試算では、2020年には65歳以上の高齢者が人口の約3割を占めるとも言われています。また、車いすを必要とする身体障害者の数も右肩上がりの傾向にあるとも。現在、移動が困難な"交通弱者"の増加が懸念されています。今後、介護・福祉業界の発展がより一層求められる中、NPO法人日本福祉タクシー協会の代表を務める田中義行さんは、福祉タクシーの普及に取り組んでいます。田中さんが立ち上げた同協会は、車いす利用者や要介護者が外出や移動に一般のタクシーと同様に気軽に利用できるシステムを採用。例えば、利用料金は基本的には時間制ではなく、タクシーと同じくメーター制を導入しています。
田中さんは、会社を定年退職したような50代、60代を中心に、第二の人生に"福祉タクシー業、開業の道"を提案しています。「高齢者や身体障害者などの交通弱者は、病院に行くだけでも誰かの手を借りなければいけません。それは現在、家族の場合がほとんどですが、身内の手をわずらわせていることに対して気兼ねしている方が多いんです。お金を支払うことで気兼ねなく利用できる福祉タクシーには、高齢者や身体障害者の方は利用者でありながら、お礼と感謝の言葉をかけてくださいます。当協会の会員の方からは"生きがいが見つかった"、"誰かのために働く心地良さを知った"といった喜びの声が続々と寄せられています」
日本福祉タクシー協会に所属している会員は、ただ目的地へ送ることだけではなく、車いすを押して一緒に買い物をすることもあれば、温泉や野球観戦に連れ出すこともあるのだとか。こういった取り組みの背景には、田中さんの"交通弱者に外に出る喜びを提供したい"という理念がありました。「自由に移動することができない交通弱者の高齢者や身体障害者にとって、外の景色に触れることは私たちには想像もできないほどの感動があります。小川に手を付けてその冷たさを知った時、また、会員が運転するバイクの後ろにまたがって風を感じた時、涙を流しながら喜ぶ光景を私は目の当たりにしてきました。この感動を、たくさんの高齢者や身体障害者の方に味わってほしいと思っています」
以前、田中さんは電気機器を販売する会社を経営していました。しかし、会社の業績も順調だった矢先に、阪神淡路大震災に被災したそうです。1年間、芦屋市内の公園に設置された仮設住宅での生活を余儀なくされましたが、その時に出会った数多くのボランティア団体に触発されたと言います。"余生をかけて、人の役に立つ仕事に携わりたい"。この思いが、NPO法人日本福祉タクシー協会を誕生させました。
現在では、尼崎市に本部を構え、全国各地に支部を持つ同協会。設立から7年以上が過ぎた今、会員数は約400人に上ります。しかし、高齢化が刻々と進んでいる現状では、その数はまだまだ足りないのだとか。田中さんは、一人でも多くの方に福祉タクシー業の醍醐(だいご)味を伝えようと全国を奔走。さらに、現場を体験してもらう"師弟制度"を作りました。「現場で実際に高齢者や身体障害者の方とのふれあいを体感してもらうことが一番。この制度は、会員にいろいろと質問ができて生の声が聞けるとあって、とても好評です」。この制度を成立させたのも、新規会員の不安を少しでも取り払うため。田中さんは会員に喜んでもらうことが結果的には利用者の幸せにつながると考え、会員への情報の提供や協会のPRにも力を注いでいきたいと考えているそうです。
地域の高齢者や身体障害者などの交通弱者が安心して生活できる街づくりを実現するには、協会の枠組みを越えてのネットワーク作りが欠かせないと田中さんは断言します。「まずは協会の会員同士がしっかり手を取り合って協力体制を整えることが先決ですが、それだけでは地域全体をカバーすることはできません。タクシー会社や介護事業所などとも連携を図ることが必要です。地域の高齢者や身体障害者が、いつでも行きたい場所へ出向くことができるような社会を作っていきたいですね。そしていつかの日か、同じ日に地区ごとで会員と利用者全員が旅行に行くような全国大会を開催したいと考えています。実現すれば、ニュースになりますよ!」夢がかなった時のことを想像してか、田中さんは生き生きと話をしてくれました。
誠実に高齢者や身体障害者と向き合えば、大きなやりがいと充実感を得られる福祉タクシー業。介護・福祉業界に興味のある方、福祉タクシーを始めてみませんか?
2009年12月 マイベストプロ神戸より取材内容